分子生物学の博士号を持つエイメ・ヴァディムは、グランクリュワインの生産に特化したミクロ・ネゴシアンのワイン生産者です。
彼はベラルーシでワインとは無縁の学者や医師の家系に生まれました。彼も家族の流れに従い、生物学の世界でキャリアを始めます。生物学の修士号に続き、モスクワにある生物学の名門校Engelhardt Institute of Molecular Biologyで博士号を取得します。(おもしろいことに、博士号の論文は酵母Saccharomyces cerevisiaeの遺伝子工学についてでした。) そしてプランク研究所、欧州分子生物学研究所、ハーバード大学医学部で研究を続けました。ハーバード大学医学部に在学中、初めてワインについての本、エミール・ペイノーによる”The Taste of Wine”の英語訳を購入したのです。それが、彼のワイン人生の始まりになりました。
その後、彼はドイツの研究所に移動します。そこで勤務していた期間、フランス、特にアルザス地方を旅行し、名だたるワインメーカーの試飲会に参加しました。そして、もっとワインに関わりたいという思いを持つようになり、ワイン学校に通うため、2010年にブルゴーニュ、ボーヌに移住を決めます。
ボーヌではソムリエの資格を取得し、有名レストランでソムリエ兼ホールスタッフとして働くようになります。そこでブルゴーニュの多くのワイン生産者にたくさん出会い、畑仕事や収穫のボランティアにも積極的に参加するようになりました。こうして、次第に“自分でもワインを造ってみたい”という情熱を持つようになります。収穫の時期になると、毎年各地のブドウ生産者のブドウを使いワイン作りを研究しました。さらにブルゴーニュ大学の中にあるワインの研究所(Institut Universitaire de la Vigne et du Vin )で学び、ワイン造りの実践的な知識を習得します。ワイン学校と研究所の両方に通学する傍ら、ブルゴーニュやフランス南西部のレストランにワインを販売する会社も設立し、学業に並行してビジネスも始めました。レストラン勤務時代に出会ったシェフの奥様とワインブティックも営んでいます。
2015年から本格的にワイン造りをスタートします。アぺラシオンごとに、無農薬のぶどう農家のもとへ直接足を運び、畑の状態を見て、最高品質の果実と最低の収量を持つ区画を吟味して選別します。(ちなみに彼に畑を見たいとお願いしたところ、「昨今ブルゴーニュの畑は大人気で大高騰。素晴らしい品質のぶどうを育てる生産者や畑の情報は秘密だよ」と言われてしまいました笑)ブルゴーニュのネゴシアンとして新参者ではあるももの、ヴァディムの知識と情熱に心動かされた農家も多いはずです。
彼のワイン造りはブドウの二重選別、必要以上の除梗なし、天然酵母で発酵、無濾過、無清澄が特徴となっています。ワインの熟成中には手を加えることを最小限に抑え、熟成期間も24ヵ月以上とじっくり長くとられます。二酸化硫黄(SO2)は、春と瓶詰め前の2回のみ添加されますが、一般的なワインと比較するとトータルで20㎎/Lとごく少量のみの添加となっています。ビオディナミも生物学の理にかなっているという考えのもと、瓶詰めは月の満ち欠けに従っています。
自然の力を信じてのワイン造りはその時々の気候や状態で左右され、不安定な要素もありますが、もともと微生物を研究してきたヴァディムはワイン造りを科学的に捉え、最適の条件で醸造することができます。テロワールを最大限に引き出すための彼の知識はまさに、鬼に金棒。クリーンでベルベットのような珠玉のワインを生み出しています。