エネク・フレヤ・ピーターソンは、1994年にアメリカのボストンで生まれました。ハンガリー系移民の母親は、ハンガリー語で「歌」を意味する名を彼女に与え、彼女の人生はいつも音楽への情熱と共にありました。彼女の音楽のスタートはチェロでしたが、歌うことへの興味を追求し、やがてジョージアの多声音楽「ポリフォニー」を学ぶために2014年にジョージアの首都トビリシに行くことになります。そして、そこで彼女はPheasant’s Tearsのジョン・ワーデマン氏と出会います。

ジョンもまた、ポリフォニーとジョージアのフォークロアへの情熱が高じてジョージアのワインメーカーへと転身、世界にクワバリーワインを広めるカリスマ的な存在となっていました。ジョンはエネクの師匠であり、インスピレーションの源だと言えるでしょう。彼は、エネクに対して「ジョージアの文化とワインを理解することなくポリフォニーの魂を理解することはできない」と告げます。エネクはその時初めてPheasant’s Tearsのワインを飲み、それまで美味しいとすら感じなかったワインを心から美味しいと感じたそうです。

自然派ワインについて出来るだけたくさんの事を学びたいと考えたエネクは二度目のジョージアの旅でPheasant’s Tearsに3週間泊まり込み、ワイナリーの手伝いをしながら自然派ワインについて教えてもらう体験をします。大学での勉強よりもここでワインについて学ぶことの方が自分自身にとってもっと大きな価値があるものだと感じたエネクは、帰りのチケットを捨てそのままトビリシに残るという決断をします。

ジョンや他の地元のワインメーカー達が立ち上げたプロジェクト「ღVino Underground」に加わり、そこでエネクはジョージアの自然派ワインを深く研究し、多くの地元のワインメーカーとつながりました。「ღVino Underground」プロジェクトのバーで出来た人脈は、その先彼女が自身のオリジナルのワインを作るにあたり、大いに役立っていくこととなります。

プロジェクトの名前にも使われている単語「ღVino(gvino、発音はグヴィーノ)」はジョージア語で「ワイン」のことですが、この言葉がコーカサス周辺の近隣諸国、そしてギリシャやローマを経由してすべてのヨーロッパ諸国に行き渡り、それぞれの言語にそのまま取り入れられ、私たちが一般に知る「ワイン」という単語の語源になったと言われています。

彼女が最初に作ったワインにはカヘティ地方の醸造家、ニカ・アンタゼのブドウを使いました。ただ、彼女のワイン作りの情熱はそれだけでは満足せず、自分で一から育てたブドウを使ってワインを作りたいと考えていたエネクは2015年、トビリシから車で西に2時間ほどのイメレティ地方で樹齢20年のブドウの木も生える土地付きの家が売りに出されていたのを見た瞬間に「これこそ自分が求めていたものだ」と感じ、その土地を迷わず購入。そしてそこが彼女のワイン作りの本拠地となりました。

エネクの土地にはジョージアの固有品種であるツォリコウリとクラフナが植えられており、更に家の前にはアラダストリが数列植えられています。家の半地下にはクヴェヴリを埋め、エネクはここで一人でワイン作りの挑戦をスタートさせます。バーでのフルタイムの仕事も辞めることなく、ワインへの情熱を形にしていきました。

イメレティ地方ではブドウを十分に成熟させるのが難しい為カヘティ地方のワイン製法とは異なり、ブドウの茎を除いてクヴェヴリで熟成させます。イメレティのワインは皮をあまり剥かないため、軽くてタンニンの少ないワインに仕上がります。エネクは果皮ごと発酵させるスキンコンタクトを最初は4ヶ月間だけにしていましたが、満足のいく味になるまで徐々にスキンコンタクトの期間を延ばす等イメレティ地方の伝統的なやり方だけにこだわらず実験的、精力的にワインを作っています。

ブドウの木の剪定さえも、彼女は未熟なバイトを雇うより自分の手でやった方が上手くいくと信じ一切の妥協をしないで作業を行います。ボルドー液や硫黄を散布することもしません。防虫剤に頼ることも、むしろ虫が増えてしまい逆効果となる場合もあるというのが彼女の考えです。例えばカメムシは、防虫剤を散布しても防ぎきることができず、結局はブドウにダメージを与えるだけになってしまうということです。

エネクは近所の農家からブドウを仕入れたりもしていますが、ブドウに化学薬品を散布しないことに同意してくれる農家はなかなか簡単には見つかりません。有機栽培のブドウを作ることはブドウ農家にしてみれば虫や農作物の病気のリスクが伴い生活の糧を失う脅威となるからです。それでも彼女のワイン作りに賛同し、有機栽培を取り入れてくれる近所の農家から仕入れたブドウも使用しています。

彼女のワイン作りへの強い情熱は留まることを知らず、今後も他のジョージアの固有品種を試して新しいワインを生み出していきたいと考えています。既に土地の余っている部分を使い他の品種を育て始めているとのこと。

若いエネクの自然派ワインへの挑戦はまだ始まったばかりです。ワインへの情熱と行動力を兼ね備えた彼女のワインに今後も注目していきたいと思います。

Freya’s Maraniのワイン